2025年の抱負:ネット民になりたい

2025年の目標は、ネット民になること。ネット民 ≠ ネット利用者。勝手に作った定義。

2chが日本のインターネットの中心地だったころ、自分はそこに住んでいた。中心がTwitterに移ったときも、自分はそこに住んでいた。でも今、自分はインターネットの中心からだいぶ離れたところに住んでいるような気がしている。スマホの普及であらゆる人がインターネットをするようになって、もはやインターネットに中心はないのかもしれない。でも分散化したインターネットをクラスタリングしたとき、自分はその中でも小さな端っこの方のクラスタに住んでいる気がする。

ネットで何をすれば評価され、何をすれば炎上するのか、アウトプットする前にそれにどういったレスポンスが返ってくるのかをだいたい肌感として予見できるネット民になりたい。かつては自分もそうだった。今でも自分が居住している小さなクラスタ内での空気は読むことができる。でもそれはもはやネットのスタンダードではない。田舎の小さなムラのルールだ。

おっさんが若者文化にいっちょ噛みしたい、そういった見苦しいムーブと何が違うのか。何も違わないかもしれない。でもそうはいっても、ずれているならどのくらいずれているか自覚的でありたい。自覚するにはある程度知っている必要ある。知ったうえで端っこの方で大人しくしていればいい。無知の知すら持ち合わせていなければ、裸の王様になってしまう。幸か不幸かフィルターバブルは一人一人に理想のオトナ帝国を魅せてくれる(きっとこの例えももう古い)。知ろうとしなければ知る機会はない。

だからといってなりふり構わず異文化に突入しようとは思わない。そもそも自分は若者文化の中心にいたことはない。ずっと端っこだった。かつての若者文化の端っこだった場所が、それがのちにインターネットの中心になった。だから自分は中心の中心ではなく、中心の端っこを目指そうと思う。