本を買って読んだ

昨日寝る前にふとKindleのライブラリを眺めていたら、漫画ではない文字の本のほとんどが読了率20%や40%で止まっていることに気がついた。買って途中まで読んで放棄している。そういった乱読は悪いことでは無いと思う。気にせず好きなだけ買って好きなだけ読み散らかせば良い。しかしそれがずっと続いているのはなんだか不健康な気がしてきた。ちゃんと調べてはいないが、2022年10月9日に買った『おいしいごはんが食べられますように』が最後に読了した本かもしれない(漫画は除く)。ちょうど1年前。それ以来ずーと色んな本を読み散らかしている。これは良くないと思い、3連休の最後の日は本屋に行って本を買い、それをその日のうちに読み切ろうと決意して床についた。そして朝起きてジュンク堂で『タコの心身問題』という本を買った。この本は結構前に流行った本で、当時も紙で買ったはずが最後まで読了せずにどこかに紛失してしまった。たぶん実家にあると思う。それをこのたび改めて買い直した。自分は基本Kindle派だが、今日はあえて紙で買った。Kindleはどこまで読み進めたのか、あとどのくらいで読了するのか把握しづらいのが難点だ。1日で一気に読み進めるのならそのあたりが身体的に実感できた方が良いだろうと思った。そして何より本屋に行って本を買うという体験が「読むぞ」というモードに入るきっかけになる。本屋に行ったついでにカレーを食べて昼の3時くらいに家に帰り付き、そこから読み進め、夜の12時くらいに読み終えた。途中昼寝したりネットしたりご飯を食べたり執筆したので読書時間は正味6時間くらいだろうか。なかなか面白い本だった。タコの心身問題。脳の2倍のニューロンが脚にあるタコ。脳が全体を統制しつつも同時に腕が勝手に自律して動くとはどういう感覚なのか、知性の構造が異なる人間にはその感覚を想像するのは難しい。自分がスマブラで遊ぶ時はAボタンをガチャガチャと押して攻撃するが、その時キャラクターは勝手にパンチしたりキックしたりする。スマブラはストリートファイターのようなストイックな格闘ゲームと違い、プレイヤーは「このタイミングで攻撃する」という明確な意思を持ってボタンを押すが、「パンチしよう」とか「キックしよう」といった細かい攻撃方法を意識しなくても、Aボタンを押しさえすれば、立ち止まっているのか/走っているのか/空中にいるのか/連撃なのか、そういったキャラクターの状況に応じて良い感じに攻撃が出る。何も考えずにボタンを連打すれば勝手にコンボが決まる。タコもそういう感じなのだろうか。でもタコの場合、腕は別な生き物であると同時に自分の一部でもある。だから腕からの思考のフィードバックもあるはずだ。ゲームのキャラの思考がプレイヤーに逆流してくる体験はゲームではありえない。そう考えるとますます興味深い。脳がムズムズする。最初本が出た時もこの本は興味深い本だったが、AIという人類とはまったく異なる構造の知性が存在感を増した2023年に読むとまた違った味わいがある。