自分は地方で生まれ育って、今も地方に住んでいる。だからたまに東京とか行くといろいろと驚くことがある。田舎にはないお店だったり娯楽だったりハイセンスで巨大なビルだったりとか、そういったものにはあまり驚かない。はじめから都会と田舎は違うんだろうなと認識しているので、田舎と格が違うものが出てきたとしても「それはそう」となる。そういったところではなく、都会の中にある施設の古さだったりボロさだったり不完全さだったりのほうに驚く。皮肉でも失望でもない。なるほどなぁと感心する。自分がいつも地元で乗り降りする駅はそれなりに新しい。2000年代に建て直されている。田舎のさらに田舎までいけば古い駅もあるけれど、小規模で使う人も少ない。都会の古さはそういうのとはちょっと違う。都会では毎日大勢の人が使う都市の大動脈のような巨大駅が古くてボロかったりする。ひとつの建物の中に新しい部分と古い部分が混ざっていて、戦前からあるんじゃないかと思うような柱や壁もある。あまりに重要な機能を担いすぎていて、いったんぜんぶ潰してゼロから建て直すことなんてできないのだろう。うねうねとダイナミックに曲がりくねって成長した盆栽の松ように、都会の駅は生き様をそのまま形として残したかのような姿をしている。こういった生命力は田舎の駅からは感じられない。あと路上で雑誌を売る本の屋台にも衝撃を受けた。令和にこんな存在が残っていたのか。地方では巨大書店とチェーン店しかほとんど生き残れない。独立書店で生き残ってるのところは一握りだ。チェーン店ですらどんどんなくなっている。栄養が十分にない土壌では、そこで育つ植物の多様性も失われる。古い物や古い文化が今も生き残れているのは、それだけ栄養にあふれている証だろう。