というブラウザで遊べるボードゲームをだいぶ前に作った。ちょうど今年で10年経つ。

良い区切りなので、メモを残す。主にゲームルール面。
考慮したところ
- ルールを単純にする
- 将棋やチェスくらい有名で競技人口の多いゲームなら、駒の動かし方を覚える動機がプレイヤーにある。しかしどこの誰が作ったのかも分からない謎のWebゲームのルールを覚える動機は弱いので、駒の動かし方を覚えなくて済み、ルール自体も単純である必要があった。
- はやく決着が付く
- 対局時間は長くても10分くらいにしたかった。Webゲームだから。
- スマートフォンでも遊べる盤面サイズにする
- 自分が当時使ってたiPhoneでは9x9のマス目の将棋アプリで遊ぶのが厳しかった。8x8のチェスならちょっとマシだったけど、もっと割り切って6x6にした。これはCOMの思考時間を短縮する狙いもあった。
- 最後の1ターンまで逆転の余地を残す
- 将棋系ボードゲームは有利な方がより有利になるのは必然だが、それでも終盤が消化試合になるのは避けたかった。『どちらかのプレイヤーの動かせるコマが無くなった時はその時点で点数の高いプレイヤーの勝利』というルールはこの為に追加した。
- 運の要素を最小にする
- これは自分の好み。将棋系のボードゲームに運の要素は入れたくなかった。初期盤面はランダムだけど、左右反転したシンメトリーになるようにしている。
- 1手の重みをできるだけ重くする/その1手がどう影響したのか分かりやすくする
- 自分の勝手な認識では、1手の重みは『囲碁<将棋<チェス<詰将棋』の順に重いとおもってる。1手の重みが軽いと、自分の打った手が戦況にどう影響したのか分かりづらくなる。一方で1手の重みが重すぎると、最善手以外はすべて不正解になり、多様性がなくなり窮屈になる。そしていきすぎるとゲームではなくパズルになる。このゲームはチェスと詰将棋のあいだくらいになったと思う。
- すべての駒を平等にする
- カードゲームなんかで上位互換や下位互換があるのが許せなかった。『どんな状況でもそこそこ使える』or『特定条件でだけ強い』というような一長一短ならいいが、特定の駒が完全に特定の駒より優れているという形にはしたくなかった。しかし強さを平準化するとメリハリがなくなるのでそこは悩ましいポイントだった。
- 人間の脳では必勝法が分からない
- 3x3の○×ゲームだと人間の脳でも必勝パターンが分かってしまう。どうぶつ将棋はコンピュータによって後手必勝が明らかになっているが、人間が遊ぶぶんにはあまり支障はない。どうぶつ将棋くらいのラインを満たしたいと思っている。
- アナログで再現できないことはやらない
- 『運の要素を最小にする』ともちょっと近いが、アナログゲームとして再現できなかったり、もしくは著しく面倒になるような要素はデジタルゲームにも取り入れたくなかった。ボードゲームを名乗る以上、2000年前から使える技術しか使いたくなかった。
- 特定の言語や特定の文化に依存しない
- ルール説明に言語を使わざるをえないのだけど、一度ルールを覚えたら言語を用いずに遊べるように心がけた。
上手くいってないところ
- 直感に反するルール
- 『どちらかのプレイヤーの動かせるコマが無くなった時はその時点で点数の高いプレイヤーの勝利』という直前まで有利だったプレイヤーが負けるルールは直感に反する。これを納得いく形で説明できる良いストーリーなり用語なりが発明できれば良かったが、思いつかなかった。これが最大の上手くいってないポイント。
- 世界観
- 「このゲームは戦争をするゲームです」「このゲームは狼男を探すゲームです」といった世界観があるとゲームの中に入っていきやすいし、プレイする原動力にもなる。しかしこのゲームにはそれがない。
- 代わりにこのゲームは「将棋のようなゲームです」を世界観にしている。駒の質感もややリアル寄りで、ボードゲームを遊んでる感を出している。
- これだけでは世界観として弱いのだが、下手に絵を付けるとボードゲームっぽさが薄れるので、「これだ!」というアイデアを思いつくまでは絵を付けられないでいる。あと駒がごちゃごちゃするとルールが分かりにくくなるというのもある。
- フック
- これは世界観とほぼ同義。無機質すぎて思わず「触ってみたい」というわくわく感が薄い。
- 名前
- colamoneという名前はどういうゲームなのか想像するのが難しい。駒の色がコーラとラムネのガムに似ていたのでcola+lemonadeでcolamoneなのだが、あまりにも適当すぎた。そしてコラモネと読んで貰えない。普通はコラモンと読んでしまう。
- 先手有利
- これは将棋系ボードゲームの宿命。ある程度は仕方がないが、盤面が狭いので他のゲームに比べて影響が大きい。
- 千日手
- 千日手に対処するルールは用意しているが、千日手が多発する時点でゲームとして上手くいっていない。これも将棋系ボードゲームの宿命ではある。